海技の教育訓練方法に関する研究 -マスト灯から判断

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海技の教育訓練方法に関する研究 -マスト灯から判断
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
海技の教育訓練方法に関する研究
- マスト灯から判断した針路誤認に基づく実習生の状況認識特性 正会員○貝塚 友規(航海訓練所) 正会員 村田
信(航海訓練所)
正会員 阿部真二郎(航海訓練所) 正会員 西村 知久(海上保安大学校)
要旨
本研究の目的は、練習船実習生に対する有効かつ合理的な実習訓練方法を開発することである。西村(海
上保安大学校)の研究(1)(2)によれば、海上衝突予防法施行規則第 23 条の特例に基づき前後部マスト灯の水平
間距離が著しく狭くなっている船舶(以下、「灯火等特例船」という。)は、その全長が実際よりも過小に判
断され、また角度のある横切り関係であっても、真向いに近い横切り関係であると誤認される等の傾向があ
るとされている。一方、航海訓練所が運航する練習船の実習生は、実習期間中、夜間当直に入直するものの
「灯火等特例船」を実際に視認する機会は少ない。また、現時点では「灯火等特例船」に特化した教育訓練
は実施していないのが実情である。そこで、実習初期段階の練習船実習生を対象に、
「内航小型船」と「灯火
等特例船」の接近状況(夜間)を操船シミュレータで創り出し、実際にマスト灯の判断で針路誤認をするの
か調査した。また、目視観測とコンパスを用いた観測の比較を行い、両者がマスト灯の状況認識にどのよう
に影響を及ぼすのか確認した。さらに、目視及びコンパス方位変化の観測から得られた状況認識に基づく実
習生の操船判断を比較した。調査の結果、実習生は実務経験の比較的長い操船者と同様に針路誤認をするこ
とが確認された。また、目視による他船の観測においては、マスト灯から判断した針路誤認により自船との
通過位置関係を正確に認識できない傾向があることが確認された。
キーワード:マスト灯、針路誤認、状況認識、操船シミュレータ、教育訓練
1.はじめに
ヶ月が経過した実習初期段階にあたる。被験者は、
近年、海難を防止するための航海計器類は目覚し
海上衝突予防法等に関する内容の講義及び演習を計
い発展を遂げ、その有効性が検証されている。
6 時間、さらに操船シミュレータの提示教材を用い
一方、全ての船舶に最先端の機器類が搭載されて
て一般的な動力船の灯火の見え方について理解させ
いるわけではなく、特に衝突海難の発生件数は漁船、
るための実習を計 3 時間、乗船後に実施している。
貨物船、プレジャーボートの順番に多いこと等が報
また、約 8 回の船橋航海当直(一人平均 32.3 時間)
(3)
告 されている。従って、海難を避けるための最終
(内夜間の航海当直は約 3 回(一人平均 12.7 時間))
判断を実行する操船者の特性を調査し、その特性に
に入直し、操船(当直作業)の流れを確認している。
基づく教育訓練を実行することは極めて重要である。
本研究では、将来貨物船等の操船者になる練習船
実習生(四級海技士コース)を対象に、特にマスト
灯から判断した針路誤認に基づく状況認識の特性に
ついて調査を実施した。図 1 は「操船(当直作業)
の流れ(4)」における【状況認識】の位置関係を示す。
2.練習船における実習訓練
練習船では、STCW 条約に基づき構成される航海訓
練所のカリキュラムに従い実習訓練を実施している。
本研究の被験者は、2015 年 1 月 5 日に銀河丸に乗
船した波方海上技術短期大学校に所属する実習生で、
同コースの全乗船実習期間 9 ヶ月の内、最初の約 2
図1
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操船(当直作業)の流れ
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
3.検証実験
海難を避けるための最終判断を実行する操船者
の状況認識特性を調査するため、練習船銀河丸に搭
載する操船シミュレータを用いて検証実験を実施し
た。図 2 は実験に用いた内航小型船(499 トン)と
監視対象船舶の夜間の見合い関係を示す。監視対象
船舶には、はつゆき型護衛艦(灯火等特例船:排水
量 2950 トン、前後部マスト灯間隔約 12m)又は一般
船舶(総トン数 6185 トン、前後部マスト灯間隔約
61m)を表示した。灯火等特例船のマスト灯の配置に
ついては幾何学的考察(1)(2)を経て設定した。なお、
実験対象者の経験が非常に浅く状況判断に時間が掛
かると推定されることから、監視対象船舶との距離
図2
実験に用いた見合い関係
設定については図1に示すリカバリーパスが実行で
n=10
きる距離(実験開始時の監視対象船舶との距離 4.0
海里、終了時 3.0 海里)とした。
3.1
予備実験
予備実験の目的は、設定した実験条件が適正であ
るかどうかを確認することである。
3.1.1
予備実験被験者
予備実験の被験者は、航海訓練所の船長 4 名(1
級海技士)及び海上履歴 10 年以上の航海士 6 名(1
級海技士)である。被験者に対しては目視(肉眼)
図3
監視対象船舶の予測針路(船長・航海士)
により監視対象船舶(灯火等特例船及び一般船舶)
n=10
を監視させた。なお、監視の順番により実験結果に
影響がでないよう、被験者の半数に対し監視対象船
舶に対する監視順序を入れ替えた。
3.1.2
調査項目(予備実験)
操船シミュレータを用いた実験の後、以下の調査
項目等に対し回答させた。
Q1:自船の船首方位を 12 時とした時の監視対象船舶
の針路
Q2:監視対象船舶の全長
(100m 未満、100m 以上 200m 未満、200m 以上)
3.1.3
予備実験の結果
図4
監視対象船舶の予想長さ(船長・航海士)
予備実験の結果を図 3 及び図 4 に示す。図 3 中の
3.2
横軸は監視対象船舶の予測針路を、縦軸は回答者数
実習生を対象とした検証実験
を示す。図 3 に示すとおり、灯火等特例船の予測針
上述の予備実験では、西村の実験(1)(2)で得られた
路について、10 名の被験者の内 9 名が 5 時台(正解
結果とほぼ同等の結果になることが確認された。そ
3.8 時)を示した。一方、図 4 中の横軸は各監視対
こで予備実験と同じ実験条件の下、経験の浅い実習
象船舶を、縦軸は 3 つに分類された予想長さ(全長)
生の状況認識特性を確認するための検証実験を実施
の割合を示す。全長については、図 4 に示すとおり
した。なお、検証実験では、予備実験と同様に実験
100m 以上 200m 未満に予測した者と 100m 未満に予測
の順番による影響がでないよう、被験者の半数に対
した者の割合がほぼ逆転する結果となった。
し監視対象船舶に対する実験順序を入れ替えた。
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3.2.1
検証実験被験者
n=62
検証実験の被験者は、練習船 銀河丸に乗船中の
波方海上技術短期大学校の実習生 67 名である。
3.2.2
調査項目(検証実験)
実習生を対象とした検証実験では、予備実験で実
施した調査項目に以下の項目を追加した。
Q3:互いにこのままの針路速力で航走した場合の状
況認識(前方通過または後方通過)
Q4:避航判断(監視対象船舶の針路及び速力が変化し
図5
ない場合の対処:左転、直進、右転)
3.2.3
検証実験の結果
監視対象船舶の予測針路(実習生)
n=62
検証実験の結果を図 5 及び図 6 に示す。図 5 中の
横軸は監視対象船舶の予測針路を、縦軸は回答者数
を示す。図 5 に示すとおり、一般船舶については実
習生の約 48%が 3 時台を示したのに対し、灯火等特
例船については約 68%が 4 時及び 5 時台(正解 3.8
時)と予測していたことが確認された。
一方、図 6 中の横軸は各監視対象船舶を、縦軸は
3 つに分類された予想長さ(全長)の割合を示す。
全長については、図 4 の船長・航海士が示した結
果には至らないが、灯火等特例船の全長を実際より
図6
監視対象船舶の予想長さ(実習生)
も過小に判断していたことが確認できた。
n=62
4.考察
4.1
目視及びコンパス方位変化に基づく状況
認識の比較
目視観測及びコンパス方位変化に基づく状況認
識(前方通過予測及び後方通過予測)の比較を実施
することにより、経験の浅い実習生の状況認識につ
いてさらに調査を進めた。
比較実験の結果を図 7 及び図 8 に示す。図 7 及び
図 8 中の横軸は、目視またはコンパス方位を用いた
図7
場合の状況認識グループ(前方通過・後方通過)を、
縦軸はその割合を示す。
目視観測に基づく状況認識の比較
n=62
図 7 において、Q3(3.2.2 調査項目)に対する状
況認識では「目視観測」による予測として一般船舶
の場合は 87.1%が前方通過、12.9%が後方通過とい
う結果になった。これに対し、灯火等特例船につい
ては 45.2%が前方通過、54.8%が後方通過と予測し
た。また両者に差があることが統計的に確認された。
(カイ二乗検定:P≦0.01)
一方、図 8 はコンパス方位変化に基づく状況認識
の比較結果を示す。コンパスを用いた場合は、約
90%の被験者が船種に関係なく前方通過としている。
(正解:監視対象船舶が自船の前方を 750mで通過)
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図8
コンパス方位変化に基づく状況認識の比較
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ると認識しており、そのため海上衝突予防法第 17
条(保持船の航法)特に第 2 項(左転の制限)が実
習生の意思決定に強く影響していると考えられる。
5.結論
本研究により以下が確認された。
(1) 海上衝突予防法施行規則第 23 条の特例に基づき
前後部マスト灯の水平間隔距離が著しく狭くなって
n=62
図9
いる船舶(灯火等特例船)に対しては、実習初期段
操船判断の比較(一般船舶)
階の実習生であっても角度のある横切り関係を真向
いに近い横切り関係であると誤認する。
(2) 乗船経験の長い航海士等と同等ではないが、灯
火等特例船の全長を実際よりも過小に判断する。
(3)実習初期段階の実習生は、目視による他船の観測
においてマスト灯から判断した針路誤認により自船
との通過位置関係を正確に認識できない傾向がある。
6.おわりに
n=62
図 10
切迫した状況下においてはリカバリーパスを実
操船判断の比較(灯火等特例船)
行する時間的余裕がなくなるため、マスト灯から判
断した針路誤認に基づく状況認識が衝突事故等に直
したがって、実習初期段階の実習生は、目視によ
結するリスクが高くなると判断される。本研究結果
る他船の観測において、マスト灯から判断した針路
で得られた結果のみならず、実習終期の練習船実習
誤認により自船との通過位置関係を正確に認識でき
生等を対象に研究を継続し、実習生の操船判断特性
ない傾向があると判断される。
等を調査することにより海難を防止するためのより
有効かつ合理的な実習訓練を開発・実行していくこ
4.2
状況認識に基づく操船判断の比較
とが重要である。
操船者による操船(避航)判断は、図1に示すと
最後に、本研究に被験者として協力いただいた波
おり得られた状況認識に基づき決定される。
そこで、
方海上技術短期大学校第 29 期生に謝意を表します。
マスト灯の見え方から得られる異なる状況認識(前
方通過または後方通過)に基づき一定の操船判断が
参考文献
下されているかどうか確認した。
(1) 西村知久:マスト灯の間隔が他船の避航判断に
操船判断の比較は、Q4(3.2.2 調査項目)に対し
及ぼす影響について
– 護衛艦あたごと漁船
て実行した目視及びコンパスを用いた状況認識に関
清徳丸の衝突事故を例に-
わらず、前方通過または後方通過予測をパラメータ
集,Vol.131,pp.33-39,2014.12.
とした判断結果に対して行った。図 9 及び図 10 に比
日本航海学会論文
(2) 西村知久:漁船清徳丸は何故イージス艦あたご
較結果を示す。調査の結果、角度のある横切り船と
の艦首を横切ろうとしたのか?
判断された一般船舶では、後方通過と認識した者の
会 月刊 Captain(1 月号),pp.77-80,2015.1.
16.7%が右転と判断したのに対し、真向かいに近い
日本船長協
(3) 海上保安庁:海難の現状と対策について
横切り船と判断された灯火等特例船では、後方通過
切な命を守るために~
と認識した者の 52.4%が右転と判断していたこと
~大
第 2 章 海難の現状
(平成 25 年版)pp.12-13,2014.3.
が確認された。ただし、統計的な有意性は確認でき
(4) 福戸淳司:航行支援機器によるリスク低減の研
なかった。なお、実験後の追跡調査結果によれば、
究動向
被験者の 98%が、設定された実験条件には既に見合
号特集号(平成 20 年度)小論文, pp.427-433,
い関係(横切りまたは行き会い関係)が成立してい
2008.
62
海上技術安全研究所報告
第 8 巻第 4