がん看護に携わる看護師が体験したがん患者に接した際の「ゆらぎ」と対処

Transcription

がん看護に携わる看護師が体験したがん患者に接した際の「ゆらぎ」と対処
看護師の体験した「ゆらぎ」場面と対処
<資
料>
がん看護に携わる看護師が体験したがん患者に接した際の「ゆらぎ」と対処
The instability and coping experienced by nurses who are engaged
in cancer nursing when they had contact with cancer patients
小山 裕子1)
Yuko Koyama
森本 悦子 2)
Etsuko Morimoto
福井 里美 2)
Satomi Fukui
キーワード:がん、看護師、ゆらぎ、対処
さ・自責・ジレンマ・役割葛藤・戸惑いという 7 つの場面で「ゆ
Ⅰ.はじめに
らぎ」やすいとしている。しかし、この研究では看護師の
社会環境の変化に伴って医療技術が進歩し、看護師一人
実務経験や勤務病棟は統一されていなかった。岡野5)は看護
ひとりにより質の高い看護の提供が求められている。看護
師の神経性食欲不振症患者とのかかわりの中での感情のゆ
者として質の高い看護を行うためには、常に新しい知識・
らぎの内容を明らかにし、
「ゆらぎ」とは、看護師が患者と
技術を獲得し、より質の高い看護の提供に努力する必要が
の関わりにおいてよりよいケアの方向性を見いだそうとす
ある。そして、日々の経験を振り返り、対象に働きかけた
るがゆえに生じる心の動きであるとした。しかし、患者の
行為を援助として客観的に評価することで、
「質の高い看護
看取り場面などのどうにもならない場面に多く遭遇する、
とはなにか」を自ら考えていくことができる。実際の援助
がん患者と接する際の看護師の「ゆらぎ」についての研究
場面において、看護師が「これでいいのか」と悩み、自問
はみられない。
自答する場面は多い。尾崎1)は、援助者の感情や判断が動揺
今回の研究によって、がん患者に接する看護師にはどの
したり、迷い、あるいは援助の見通しのなさに直面した
ような場面で「ゆらぎ」が生じ、その「ゆらぎ」の場面で
り、自らの無力さを感じたりする状態を「ゆらぎ」と定義
どのような対処をとっているのかを明らかにすることとし
し、
「ゆらぎ」の体験は、対象者と関わりを深める力を作
た。
り、援助という関わりにおける他者性を自覚ないし再確認
Ⅱ.研究目的
する契機となるものであるとしている。よって、看護師の
「ゆらぎ」場面を知り援助を考えることは、看護師が質の
本研究では、看護師ががん患者に接する場合にはどのよ
高い看護を行っていくことの助けになると考える。
「ゆらぎ」の類似概念である葛藤、ジレンマについて、
うな場面で「ゆらぎ」が生じているのか、その「ゆらぎ」
植田ら2)は看護師が感じる倫理的ジレンマを「治療の現状」
の場面においてどのような対処をとっているのかを明らか
「患者の姿勢」
「医師の姿勢」
「看護師の姿勢」のカテゴリ
にした。
3)
に分類している。中尾ら は看護職が認識する倫理的ジレン
Ⅲ.用語の定義
マを個人の権利に関わる問題よりも、医療者の役割や義務
に関わる問題を強く意識する傾向にあるとしている。この
ように看護師は、患者、家族、医師、同僚のそれぞれに対
本研究において中村ら 4) の先行研究を参考にし、
「ゆらぎ」
、
する場面で倫理的原則や医療者が果たすべき役割にふれる
「対処」を以下のとおり定義した。
内容についてジレンマに陥っていることを明らかにしてい
ゆらぎ:看護師が援助を行った時、判断する事柄の価値に
る。しかし、葛藤やジレンマも含めた感情の動きである、
関わらず、不確かで、見通しが立たない場面において、不
「ゆらぎ」について焦点を当てた研究は少ない。
安・不確かさ・ふがいなさ・自責・ジレンマ・役割葛藤・戸惑いな
4)
中村ら は、
「ゆらぎ」を、看護師の判断が不確かだった
どの感情を含みながら、これでいいのだろうかと悩み、自
り、見通しがなかったりする場面で自問自答する状態で起
問自答すること
こるとしている。また、看護師は、不安・不確かさ・ふがいな
対処:「ゆらぎ」を感じたあとに、それを解決するために
受付:2014年 9 月12日
受領:2015年 1 月16日
1)関東学院大学 看護学部
2)首都大学東京 健康福祉学部 看護学科
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看護師の体験した「ゆらぎ」場面と対処
保護を厳守し、得られた資料は研究以外に使用しないこと
とった思考、行動
などを文書を用いて口頭で詳しく説明した。説明後に同意
Ⅳ.研究方法
書への書名をもらい、研究参加の同意を得た。また、イン
タビュー内容は参加者の同意を得て録音し、逐語録を作成
1.研究対象者
した。面接は対象者の負担にならない時間を設定し、プラ
A県の大学病院に勤めるがん患者の看護に携わっている、
イバシーの保持ができる個室にて30分から1時間程度で1回
または携わったことのある臨床経験 3 ~10年目の中堅の病棟
実施した。得られたデータの入力された記録媒体は鍵のか
看護師を対象とした。中堅看護師は、職場適応感および自
かる場所に保管し、分析終了後はデータを破棄した。なお
己教育力、自己の到達度や業務の遂行に対する意識が高く
本研究はA大学病院看護部の倫理審査委員会の承認を得て実
なるとの先行研究6)から「ゆらぎ」やすいのではないかと考
施した。
え、本研究の対象とした。
Ⅴ.結
2.調査内容
果
先行研究4)と研究者間で検討の上、調査項目は以下の内
1.研究対象者の概要
容とした。
インタビューガイドを用いて、以下のような内容を番号
表 1 のとおり、対象者は 6 名であった。経験年数は 3 ~ 5
どおりの流れで協力者に聞いていった。
年(平均4.2年)であり、主な勤務場所は外科 3 名、内科 3 名で
1)対象者の背景:臨床経験、勤務病棟
あった。
2)「ゆらぎ」を感じた場面について
どのような患者と接した時か、どのような援助または看
護行為を行っているときか、「ゆらぎ」を感じた具体的な
表 1.対象者の概要
対象者
経験年数
性別
勤務病棟
A
5 年目
女性
内科
B
3 年目
女性
内科
C
3 年目
女性
外科
D
5 年目
女性
外科
持ち、その対処は上手くいったと思うか
E
4 年目
女性
外科
3.調査方法
F
5 年目
女性
内科
内容
3)「ゆらぎ」を感じた時の気持ち
その時の気持ち、なぜ「ゆらぎ」を感じたと思うか
4)「ゆらぎ」への対処
「ゆらぎ」についてどのように対処したか、その時の気
2.の1)
~4)までの調査内容に基づくインタビューガイド
を作成し、30分から1時間程度の半構造的面接を1回実施し
た。面接は許可を得て録音し、逐語資料とした。
2.看護師の「ゆらぎ」の場面
対象者から得られた「ゆらぎ」の場面は計13例あり、こ
4.分析方法
分析は、帰納的な質的分析を行った。ICレコーダーに収
れらに対象者ごとの番号を付した。それぞれの内容を要約
録した面接データから逐語録を作成し、
「ゆらぎ」の場面と
したものを類似性に従って分類した結果、5 つのカテゴリが
その対処方法について語られている文章・段落を文脈上の
得られた(表 2 )。5 つのカテゴリは、
【本当のことを伝えられ
意味を損なわない範囲で区切り抽出し、意味の通る表現に
ない苦しさ】
【最善を尽くしても生じる無力感】【患者・家
修正した。
「ゆらぎ」場面については、修正したものに番号
族との関わりへの困惑】
【丁寧な看護を提供できないもどか
を付した。修正した内容の共通性と相違性を比較した上で
しさ】
【自分の看護への自信の無さ】であった。
分類し、その分類を忠実に反映したカテゴリ名をつけた。
以下の文中では、カテゴリを【】、場面の概要を[]で
なお、分析過程においては、共同研究者間で得られたカテ
示す。また、A~Fのアルファベットは対象者、1 ~ 3 のアラ
ゴリとその名称について繰り返し検討を重ね、分析の信頼
ビア数字は各場面を示す。
性と妥当性について確保に務めた。
1)
【本当のことを伝えられない苦しさ】 (C 1 、D 1 、E 2 )
5.倫理的配慮
【本当のことを伝えられない苦しさ】カテゴリには3例分
対象者は、対象病院の看護部から依頼を受けた病棟師長
類された。3 例は、
[治療や病状について疑問に感じながら
が要件に見合うものを選定した。選定された看護師に対し
治療を受ける未告知患者に対して、自分は患者自身が納得
て、研究者が研究参加の依頼を行い、その際に研究への参
した治療や援助を受けてほしいと思っているので、真実を
加は対象者の自由意志に基づくものであり、参加を拒否す
伝えることが出来ないのが辛い(C 1 )
]
[未告知患者へすべ
ることが出来る権利について、質問項目の中に答えたくな
ての情報を伝えることが出来ず、もどかしい(D 1 )
]
[未告
い項目があった場合はそれに答える必要がないこと、分析
知患者へすべての情報を伝えられないことへの葛藤と罪悪
や結果の公表においては対象者のプライバシーと匿名性の
感がある(E 2 )
]というものであった。いずれも、患者が未
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看護師の体験した「ゆらぎ」場面と対処
告知であることから、治療について患者に真実を言えない
ことで、対象者の思い通りの情報やケアを提供しきれず、
3)
【患者・家族との関わりへの困惑】 (B 2 、D 2 、E 2 )
【患者・家族との関わりへの困惑】の 3 例は、
[患者の気
罪悪感を抱いたり、もどかしさを感じたりするという内容
持ちを把握できておらず、話の切り出し方に悩み、足が遠
であった。
のく(B 2 )
]
[患者家族の気持ちを把握できておらず、家族
2)
【最善を尽くしても生じる無力感】 (A 1 、A 3 、B 1 、C 2 )
からの「大丈夫ですか」の言葉が辛い(D 2 )
]
[患者の気持
【最善を尽くしても生じる無力感】の 4 例は、
[患者の症
ちを把握できておらず、告知をされた直後の患者にどのよ
状を緩和しきれず、自分は何も出来ていないと感じる
うな言葉をかけていいのか分からない(E 2 )
]というもので
(A 1 )
]
[治療の副作用を辛いと言う患者を見ても、どうす
あった。このカテゴリは、対象者が患者や家族の気持ちを
ることもできず辛い(A 3 )
]
[自分の援助でも患者の痛みを
把握しきれていないことで、どのような対応をしていけば
緩和しきれず、切ない(B 1 )
]
[ターミナル期の苦痛に対し
いいのか、患者や家族との関わりに悩み、戸惑いを感じて
て、援助者が自分でなければもう少し患者は安楽だったか
いるという内容であった。
もしれないという気持ちに駆られる(C 2 )
]というもので
4)
【丁寧な看護を提供できないもどかしさ】 (A 2 、E 3 )
あった。これらは、対象者が最善を尽くしても患者の安楽
【丁寧な看護を提供できないもどかしさ】の 2 例は、
[患
という期待した結果が得られなかった時に、対象者にはど
者に時間をかけて関わりたいと思っているのに、他のス
うにもならない現状を自覚しながらも、自身に対して無力
タッフや患者への迷惑を理由に、患者に時間を割けないこ
感や自責などを感じている、という内容であった。
とにむなしさや悲しさがある(A 2 )
]
[自分なりに一生懸命
表 2.対象者の「ゆらぎ」の場面
カテゴリ
場面
「ゆらぎ」の場面内容
D1
治療の過程で患者に説明する時に、告知されていない患者に再発とは言えず、
どう答えたらいいか考えることがある。全部は言えないもどかしい感じがある。
E2
未告知のがん患者に「医師が嘘をついてるんじゃないの?」と聞かれた時に、
本当のことを言いたいという葛藤と、看護師としてつきたくない嘘をつく罪悪感がある。
最善を尽くしても生じる
A1
自分は患者に楽になってもらいたいが、症状を緩和しきれず、自分は何も出来ていないと感じる。
A3
治療が辛すぎて「もういやだ」という人が多い。ただでさえ患者は病気で辛いのに、
治療の手段すらも辛いという場面を見ることが、辛い、切ないと思う。
B1
患者が一番求めているのは痛みをとることだが、患者のところに行っても自分の援助が気休めにしかならない。
何もしてあげて無いわけではないが、切なくなる。
C2
患者の死に直面した時は、家族が自分に優しい言葉をかけてくれる。家族からの不満がなくても、
援助をしたのが自分でなければもう少し患者は安楽だったかもしれないという気持ちにかられる。
関わりへの困惑
患者・家族との
B2
患者の病気の捉えを把握できていない時は、その患者に向かう足取りが重くなる。
患者の気持ちを把握できていないことで、話の切り出し方に悩みながら行くことがある。
D2
患者のレベルが落ちていくような時に、患者の家族から「大丈夫ですか」と聞かれる。
家族に、どこまでを「大丈夫」と言えばいいのかわからず、辛い。
E1
告知をされた直後の患者に、どのような言葉をかけていいのか分からない。
できないもどかしさ
丁寧な看護を提供
A2
ただ傍にいるだけでいいから時間をかけたいと思う時も時間をかけられない。
こういう時にこそ看護師は時間をかけなきゃいけないと思うが、ほかのスタッフや患者に迷惑がかかる。
むなしさというか、悲しさがある。
E3
もっとゆっくり患者に関わりたいのに、そこまでやりきれないのがもどかしい。
自分では一生懸命やっているが、足りない気がする。患者から言われたわけではないが、葛藤がある。
自信の無さ
自分の看護への
F1
患者の家族に対して、感情的に対応してしまった。自分の言葉で、
家族のゆらいでいる状況を余計に煽ってしまったのではないかと思った。対応が良かったのか悪かったのかはわからない。
本当のことを
患者が、本当のことを言ってもらえず、おかしいと思い悩んでいるのを見ると、
告知をすれば、もっと患者自身が納得した治療や援助を受けられるのではないかと心がゆらぐ。
すごく思いつめるほど辛いわけではないが、切なかったり辛い。
伝えられない苦しさ
C1
無力感
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看護師の体験した「ゆらぎ」場面と対処
に援助をしているが、患者にゆっくりと関われていないこ
3.
「ゆらぎ」場面への対処
とで援助が不足している気がしてもどかしい(E 3 )
]という
各々の「ゆらぎ」場面から抽出して得られた対処を意味
ものであった。このカテゴリは、患者に時間をかけて関わ
内容に従ってまとめ、カテゴリ化した結果、3 つの対処が得
らなければいけないと理解しているのに、他のスタッフや
られた。
(表 3 )
患者の迷惑になることなどを理由として関わることが出来
対象者は「ゆらぎ」の場面に出会った時、《情報交換や
ず、もどかしいという内容であった。
アドバイスを得る》《同僚・医師と気持ちを共有する》
5)
【自分の看護への自信の無さ】 (F 1 )
《自己の振り返りをする》という対処行動をとっていた。
【自分の看護への自信の無さ】は、
[患者の家族がゆらい
でいる状況を見て、自分の言葉でゆらぎを煽ってしまった
文中でのカテゴリを《》、対処内容を〈〉で示す。
1)《情報交換やアドバイスを得る》
のではないかと不安になった(F 1 )
]という内容であった。
《情報交換やアドバイスを得る》カテゴリに分類された
以上のように、がん患者と接する看護師の「ゆらぎ」場
のは、
〈他の看護師に話をし、次の反省にいかせるように思
面は 5 つのカテゴリに分類された。なお、勤務病棟別では外
いを出し合って話し合う〉〈先輩たちからアドバイスをも
科に勤務する看護師は【本当のことを伝えられない苦し
らってそれで一つずつ学んでいった〉というものであっ
さ】
、内科に勤務する看護師は【丁寧な看護を提供できない
た。このカテゴリでは、対象者は、同僚や医師などの病棟
もどかしさ】を「ゆらぎ」場面として挙げる傾向が見られ
スタッフに「ゆらぎ」場面について話し、情報交換をして
た。
アドバイスを得ることで、直面した「ゆらぎ」場面の問題
表 3.
「ゆらぎ」の場面への対処
カテゴリ
対処の具体的内容
カンファレンスで同僚や医師に相談をしたり、
自分の気持ちを話したりする
情報交換や
アドバイスを得る
他の看護師に話をしたり、次の反省にいかせるように思いを
出し合って話し合う
先輩たちからアドバイスをもらってそれで一つずつ学んで
いった
他の看護師(担当など)に相談することで、割とうまく機能する
点を整理し、問題解決への対処を行っていた。
2)《医師・同僚と気持ちを共有する》
《医師・同僚と気持ちを共有する》は、
〈同僚に気持ちを
受け止めてもらい、同じ目線で患者を見てくれていること
が伝わるという部分で気持ちが解消される〉
〈ほかのスタッ
フに協力を求める、泣く、愚痴る〉というものであった。
このカテゴリでは、対象者は「ゆらぎ」場面で感じた気持
ちを医師や同僚に表出し、思いを共有することで、「ゆら
ぎ」場面で感じた自分の感情への対処を行っていた。
3)《自己の振り返りをする》
《自己の振りかえりをする》は、
〈どうすれば良かったの
申し送り時に情報交換するなど、自分が出来ることを精一杯
する
かというそのときの振り返りをする〉
〈患者の気持ちに向き
カンファレンスで話したり同期などに話を聞いて相談し、
そのことで解決できることもある
ものであった。これは、自分で「ゆらぎ」場面の感情や対
同僚に気持ちを受け止めてもらい、同じ目線で患者を見てく
れていることが伝わるという部分で気持ちが解消される
を、冷静な視点で考えるという対処であった。
医師・同僚と
気持ちを共有する
チームメンバーや医師に相談して、ストレスをためないよう
にしている
あって、患者をどうサポートしていくのか考える〉という
応を振り返り、「ゆらぎ」の原因や「ゆらぎ」の解決方法
Ⅵ.考
察
先生に方針について相談したり、カンファレンス時に同僚に
相談するが、気持ちは晴れることはない
1.看護師ががん患者に接する際の「ゆらぎ」場面について
ほかのスタッフに協力を求める、泣く、愚痴る
のことを伝えられない苦しさ】
【最善を尽くしても生じる無
同じ病棟の同期に話すことで、辛いことを共有してもらって
気持ちが楽になることもある
仕事の場を離れて号泣したりなど、同じ病棟の同期に話すこ
とで辛いことを共有してもらった
どうすれば良かったのかというそのときの振り返りをする
自己の
振り返りをする
自分の行動を振り返る
患者の気持ちに向きあって、患者をどうサポートしていくの
か考える
看護師として、患者の家族に対する接し方の信念がなかった
ため自分自身の感情で発言してしまったことを反省した
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看護師ががん患者と接する際の「ゆらぎ」場面は、
【本当
力感】
【患者・家族との関わりへの困惑】
【丁寧な看護を提
供できないもどかしさ】
【自分の看護への自信の無さ】の 5
つのカテゴリが明らかとなった。
【本当のことを伝えられな
い苦しさ】では、看護師-患者の関係から生じた「ゆらぎ」
だけではなく、未告知であることにより悩み苦しむ患者を
見ることが辛いといった、医師-患者関係での問題を、看護
師の立場から見た際の「ゆらぎ」場面も挙げられていた。
ここで共通することは、対象者は、患者に対して正確な情
報を伝えて、患者自身の希望に沿った治療や援助を行いた
い、という気持ちを持っていたことである。しかし、実際
には、患者には未告知であったことにより、対象者の患者
看護師の体験した「ゆらぎ」場面と対処
と真摯に向き合いたいという思いに沿った看護をすること
ていたと考える。一方、
《同僚・医師と気持ちを共有する》
ができなくなり、もどかしさや罪悪感を持つ結果となった。
は、同じように他のスタッフに「ゆらぎ」場面について話
【最善を尽くしても生じる無力感】では、対象者はその場
す行為だが、「ゆらぎ」場面から現在までの自分の気持ち
で出来うる限りの援助は行っており、患者やその家族から
を他者に表出し、辛い思いを共有してもらうことで、
「ゆら
は肯定的な反応を返されている。対象者は、患者に安楽な
ぎ」に出会った自分の気持ちの整理をし、感情の解決をす
看護が提供したいという思いを持ちながら援助を行ってい
る行動である。また、
《自己の振り返りをする》は、「ゆら
た。しかし、がんの取りきれない苦痛に苦しむ患者を見る
ぎ」場面の原因やその時の気持ちの整理を、他者に助けを
ことにより、自分の力ではどうにもならないと感じ、切な
求めずに自ら行うという行動である。
「ゆらぎ」解決への対
さや無力感を持ち、
「ゆらぎ」が生じていた。
【患者・家族
処を取るためには、まず、その時の自分の思いや実際の出
との関わりへの困惑】で、対象者は、患者や家族と関わる
来事を整理して、どのような「ゆらぎ」であったのかを認
ことに戸惑いを感じていた。これは、対象者が、患者や家
識することが必要である。
「ゆらぎ」へ向き合うためには、
族の思いを捉えきれていないと考えたことで、患者の意思
他者に「ゆらぎ」を伝えるために言語化し、落ち着いて自
を尊重した看護を行えないのではないかと感じたことによ
身で振り返りを行うことは有効であると考える。冷静に捉
り生じたものだと考える。
【丁寧な看護を提供できないもど
える視点を持つことは、
「ゆらぎ」場面の問題を認識し、対
かしさ】では、患者に時間をかけて自分が最良と思う援助
処していく力になるといえる。
を行いたいと思いながらも、他の事柄を優先することで、
3.今後の課題
自分の理想通りの援助が出来ていないことに、やりきれな
本研究では、本当のことを言えなかったり、患者の苦痛
さやもどかしさを感じていた。
【自分の看護への自信の無
を緩和しきれなかったり、患者の気持ちがわからなかった
さ】では、患者家族のゆらいでいる状況を見て、自分の
り、援助に時間がかけられなかったり、自分に自信が無
行った援助に自信を無くして「ゆらぎ」が生じていた。
かったりといった理由により、がん患者と接する看護師の
このように、理想通りの看護が行えていないのではない
行いたい看護が出来ていないと感じた時に、
「ゆらぎ」が生
かと感じた時、対象者の中に「ゆらぎ」が生じていた。満
じているということが明らかになった。しかし、なぜ患者
7)
留ら は、がん看護場面での葛藤は「業務に追われて患者の
に本当のことが言えなかったのか、なぜ患者の気持ちがわ
話や気持ちが聞いてあげられない時」が経験年数にかかわ
からなかったのかという、援助者が行いたい看護が行えな
らず最も多いとしている。そして原因を、業務に追われて
かった理由がなぜ起こってしまったのか、「ゆらぎ」が起
患者と向き合う時間が持てず十分なケアが行えないこと
こった原因を明らかにするには至らなかった。
「ゆらぎ」の
で、自らが最善と考える看護が出来ない状態でも看護を継
対処においても、他者への相談や気持ちの表出と共有、自
続して行わなければならないからであると述べており、こ
己の振り返りといった、「ゆらぎ」の原因や解決方法を認
れは本研究の【丁寧な看護を提供できないもどかしさ】の
識、整理するための対処は明らかになったが、その対処を
内容と一致している。平林ら8)は、看護師が患者介入をする
経て、対象者が「ゆらぎ」の原因を具体的に何であると認
際には、自分なりの看護観を基盤にしながら患者との信頼
識し、認識した「ゆらぎ」の原因を解決するためにとった
関係を築き、様々な角度からの働きかけを行いながら患者
対処を明らかにするまでには至らなかった。今後は、がん
を理解しようとするとしている。がん患者と接する際に
患者と接する看護師の「ゆらぎ」の場面において、看護師
は、どうにもならない重篤な症状の出現や急な治療方針の
が行いたい看護を行えないと感じる原因とそれを解決する
変更など、患者やその家族が不利益や苦痛を被らず、患者
ために取った対処を明らかにし、
「ゆらぎ」にある看護師へ
の権利を尊重できているかを看護師が考えて援助しなけれ
の具体的支援を考えていくことが課題である。
ばならない場面が多い。そのように考えて援助をしなけれ
Ⅶ.おわりに
ばならない場面で、自身の援助についての客観的な評価が
出来なくなった時、
「ゆらぎ」が生じやすいと考える。
研究により、以下の結果が得られた。
2.「ゆらぎ」への対処について
本研究では、対象者は自らの理想の看護と現実の援助と
1.がん患者と接する看護師の「ゆらぎ」の場面は、
【本当
のギャップによる「ゆらぎ」場面に遭遇した際に、《情報
のことを伝えられない苦しさ】
【最善を尽くしても生じる無
交換やアドバイスを得る》《同僚・医師と気持ちを共有す
力感】
【患者・家族との関わりへの困惑】
【丁寧な看護を提
る》《自己の振り返りをする》という対処をとっていた。
供できないもどかしさ】
【自分の看護への自信の無さ】にカ
《情報交換やアドバイスを得る》では、対象者は病棟の
テゴリ化された。
他のスタッフに「ゆらぎ」場面について相談をし、情報交
2.看護師ががん患者に接して「ゆらぎ」を感じた際には、
換やアドバイスをもらうことで、遭遇した「ゆらぎ」場面
《情報交換やアドバイスを得る》《同僚・医師と気持ちを
はどのような場面で、どう対処していったらよいのかとい
共有する》《自己の振り返りをする》という対処をとって
う、
「ゆらぎ」の原因と対処方法を考えるきっかけ作りをし
いた。
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看護師の体験した「ゆらぎ」場面と対処
本研究の限界として、今回は研究対象者が 6 名と少数であ
3) 中尾久子,森田秀子,中村仁志,他(2004).倫理問題
ることから、結果の一般化は難しい。対象者の少なさから
に対する看護職の認識に関する研究,山口県立大学看
結果内容の妥当性にも限界があるため、今後は対象数を増
護学部紀要,8,5-11.
4) 中村美鈴,鈴木英子,福山清蔵(2003)
.看護師の「ゆら
やし、結果の精度を高めることが課題である。
ぐ」場面とそのプロセスに関する研究,自治医科大学看
Ⅷ.謝
護学紀要,1,17-25.
辞
5) 岡野なつみ,永野孝幸,那須史佳,他(2011)
.看護師
研究実施にあたり、ご協力くださったA病院の関係者、な
の感情のゆらぎ
神経性食欲不振症患者とのかかわり
を通して, 高知女子大学看護学会誌,36(2)
, 72-78.
らびに対象者の皆様に深く感謝いたします。
6) 中島博美,岩崎智子,弥永文枝,他(2003).中堅看護
引用文献
師の臨床実践力を高めるために―自己教育力の低い看
護師の様相―,第34回日本看護学会論文集(看護管
1) 尾崎新(1999)
.
「ゆらぐ」ことの出来る力
ゆらぎと社
会福祉実践,誠心書房,291-320,東京.
2) 植田悦代,宮地美紀,猪原繁美(2004)
.肺癌患者の意
思決定時に看護師が感じる倫理的ジレンマと要因の検
討,第35回日本看護学会論文集(精神看護),56-58.
理),207-210.
7) 満留成美,小野美幸,中元めぐみ(2009)
.がん看護場
面で看護師に生じる葛藤と経験年数との関係,日本看
護学会論文集(成人看護II)40,260-262.
8) 平林志津保,今井奈妙,大西香代子(2010)
.一般病棟
に勤務する看護師の対象者の捉え方,三重看護学誌,
12,7-17.
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