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■レター
happyな実習を目指して:「協働」による取り組み
Aspiring to‘happy nursing practice: a collaborative approach
河野 梢子 1 山下 早苗 2
Shoko KAWANO
Sanae YAMASHITA
キーワード : 臨地実習、協働、看護教育
Key words :nursing practice, collaboration, nursing education
1 .はじめに
看護基礎教育において臨地実習は大変重要な位置を
占めている。学生は実習を通して、看護職になる意志
を強くしたり、挫折したり、また、自分の進みたい領
域を決めたり、学生にとっての学びは様々である。学
生が学びを得る対象も、患者や看護教員、臨床指導
者、受け持ち看護師、とこれも実に様々である。それ
ぞれの実習において実習目標は明確に設定されている
が、そのプロセスにも各自のゴールにも唯一絶対の正
解は存在しない。実習は実に複雑な授業である。正解
のなさや複雑さに困難に感じることも多い。この複雑
さや困難を乗り越えるために何かできることはないだ
ろうか。
日本看護倫理学会第 7回年次大会で、交流集会「臨
地実習は辛い? 楽しい?―みんなが happy になる
実習は存在するのか―」を企画し、看護倫理の中心的
な考え方である「協働」による問題解決の取り組みを
紹介した。協働には尊敬と信頼が必要であり、協働と
はGive and Takeの関係ではなく尊敬と信頼をベース
にした同僚関係である、と Anne Davis は述べてい
る 1。本稿では本交流集会を振り返り論考する。
2 .学内での「協働」(河野)
看護系大学の助手・助教は「看護」の教育は受けて
いるものの、多くの教員は「教育」の教育は受けずに
教員になる。教育者として非常に未熟な状態で「実
習」という特殊な授業をマネジメントしなくてはなら
ない。実習は学生一人一人の能力や個性、また患者に
よって毎回異なり、同じ実習を展開することはできな
い。うまくいくこともあれば、うまくいかず一人悶々
と悩むことも多い。「教育」を自分の経験でしか知ら
ない助手・助教にとって、「臨床実習教育」は多大な
エネルギーを消費する作業なのである。この作業をみ
んなで協力(協働)することで、良い「臨床実習教育」
を実践することはできないだろうか。
大分県立看護科学大学では、助手・助教が協働し、
同僚性を高めながら教育力を上げていくことを目的に
した取り組み「助助会」を昨年度より始めた。同僚性
とは主に学校現場の教師文化の中で発達してきたもの
であり、その機能は①教育活動の効果的な遂行を支え
る、②力量形成、③癒しの3 つの機能が期待されてい
る 2。大学は研究室で区切られており物理的な壁が存
在する。この壁を通り抜けて、困った時に気軽に相談
できる風土を学内で作っておくこと(協働)は、我々
が実習を unhappy(一人悶々と悩む)に終わらせない
ために必要である。
助助会について詳しく紹介したい。助助会はFD 活
動の一環として 3回/年開催している。会への参加は
自由とし気軽に来てもらえるように初回は「大雑談会
をします」と案内した。日程調整はなるべく多くの希
望者が参加できるようにその都度行っている。今のと
ころ 3回開催されており、毎回15 名前後の教員が参
加している。気軽にしゃべってもらえるように、各自
飲み物を持参することにしてお茶やコーヒーを飲みな
がら行っている。スーパーバイザー兼ファシリテー
ターとして教育心理学の先生に参加してもらい、教育
学的視点からのアドバイスももらっている。ここで学
内の協働の範囲が看護系にとどまっていないことを強
調しておきたい。
昨年度専門領域実習直後に開催された会では事例検
1 大分県立看護科学大学 Oita University of Nursing and Health Sciences
2 鹿児島大学医学部保健学科 School of Health Sciences, Faculty of Medicine, Kagoshima University
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討を行った。会に際しては病院での「事例カンファレ
ンス」をイメージしてもらうように案内し、関わりが
難しかった学生についての検討を行った。話題提供役
の教員にはあらかじめ依頼しておき、実習での様子を
簡単に説明してもらった。会の途中、他の教員からも
関わりの難しかった学生の話が出た。話題提供してく
れた教員からは「今まで一人で悶々としていたが、私
だけじゃなかったんだと思い、気持ちが少し軽くなっ
た」という感想があった。参加した別の教員からは
「スーパーバイザーからの具体的な助言をもらえたこ
とで次の実習で学生への関わりが楽になった」という
声もあった。また助手・助教が情報共有することで、
今まで「点」での関わりだった学生に対し「線」で関わ
れるようになり、学生に対しても良い効果が生まれる
のではないかと期待している。
まだ始めたばかりであるが、長く継続していくため
に参加者、話題提供者に負担感のないように配慮して
いる。特に、新任教員、話題提供をしてもらう教員に
はくれぐれもあまり準備をしないように伝えている。
最初は「何を準備したらいいですか」という問い合わ
せがあり身構えている様子だったが、現在は自分のお
茶、教員によっては学生名簿、メモ帳など思い思いの
ものを持参してきている。このような交流を通じなが
ら、助助会以外の場でも協働できる関係を築いていき
たい。
3 .臨床と教育の「協働」(山下)
臨床と教育の場の乖離が、しばしば指摘されてい
る。米国では、看護学生の臨床教育は、教員、臨床の
スタッフによって協働的に行われるべきであるという
理念に基づき、臨床パートナーシップと呼ばれる臨床
教育モデルが示されている 3。
鹿児島大学病院と鹿児島大学医学部保健学科は、質
の高い看護基礎教育の実践と、より良い臨床看護実践
への寄与をめざし、平成 22年度に独自の教育プログ
ラムを開発した。この教育プログラムのもと、臨床と
大学との間に共通の目標に向かって共に働く同僚関係
を築くことができたので、紹介する。
1) 鹿児島大学病院と保健学科の協働による小児看
護教育の現状
(1)学内での小児看護技術演習の実際
学内における小児看護技術教育として、バイタルサ
イン測定と身体計測、静脈内持続点滴の固定および管
理、吸引と経管栄養、BLSを実施している。これら
全ての項目を、講師として技術教育を行うのは臨地実
習指導者である(臨地実習指導者は、鹿児島大学医学
部保健学科が「臨地講師」として任命している)。
臨地実習指導者が行う技術には臨場感があり、学生
からは、「教科書に載っていないエビデンスをたくさ
ん教えてもらった」、「私の手を持って指導をして下
さった。自分の無知さと看護師さんの優しさを学んだ
演習だった」、「実習が楽しみになった」などの感想が
あった。また、臨地実習指導者からは、「学生さんが
あんなに質問してくるとは思わなかった」、「学生さん
を教えるにあたって、自分の勉強になった」という感
想があり、学生・臨地実習指導者の両者にプラスの効
果があった。
(2)小児看護学実習の実際
1グループ 8∼9 名の学生(3年生)が、鹿児島大学
病院の小児病棟で 2 週間(90 時間)の実習を行ってい
る(学生総数80 名、9グループ編成)。鹿児島大学病
院はパートナーシップの看護体制(PNS)をとってい
るため、日々の指導は部屋持ちの看護師が行っている
が、看護師は学生を 3番目のパートナーとして接して
くれる。
今年度より、「子どもの権利を尊重した看護につい
て考えることができる」ことを指導目標に掲げ、病棟
で毎日30 分の倫理カンファレンスを行っている。臨
床の現場で起きていることを学生と教員だけで検討し
ても情報の不足により、事実の検討に迫ることができ
ないため、臨地実習指導者にも毎日参加してもらって
いる。学生が取り上げたカンファレンスの事例に、
「医療処置を受ける認知発達障害の子どもへの説明に
看護師は関わっておらず母親任せになっていること
に、母親も学生も医療者の対応に疑問を感じている」
があり、臨地実習指導者にも日頃の看護実践について
深く考えてもらった。学生、臨地実習指導者、教員の
参加者全員が、この事例の状況をよく吟味したうえ
で、子どもの最善の利益のために、看護師は認知発達
障害の子どもへの説明に専門職として関わる必要があ
ると検討することができた。臨床の看護実践に貢献し
得るカンファレンスとなり、大変幸せに感じた事例検
討であった。
2) 協働がもたらす看護教育の可能性
学生は学内演習や臨地実習の場で、子どもとの関わ
りや小児看護技術についてモデルとなる看護師を観察
し、みたこと、伝えられたことを自分の行動に取り入
れる努力をし、「どう小児看護をするか」ということ
をよく学んでいる。「協働」は複数の個人や組織が共
通の目標に向かって共に働くプロセスであり、より良
い看護実践と看護教育の質は相互に影響しあいながら
創造的なものになっていく。臨床と教育の協働によっ
て行われる看護学生の教育は、看護の発展に大きく寄
与するものである。Anne Davis1 は、「協働は将来の
公共の善を促進する」と述べている。臨床と教育の協
働によって行われる看護基礎教育は、看護の発展に大
きく寄与するものであり、看護基礎教育でより良い看
護実践を学んだ学生は、将来良い看護実践を提供する
と考える。
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4 .交流集会を振り返って
フロアから「誰がhappy なのだろうか?」という意
見があった。一見して、「協働」することは、効率や
質の向上に寄与はしても 1つずつの実習の happy には
関係ないようにも見える。しかし、助助会のような取
り組みは同僚の happy を増強させ、unhappy を軽減
するのに役立つ。臨床と教育の協働でよい看護師が育
てば、間違いなくあらゆる人へのhappy を生み出す
だろう。フロアからは学生をチームの一員として迎え
ることや、臨床教員、実習指導者交流会の取り組みな
ど様々な「協働」の取り組み例が紹介された。日本看
護倫理学会第3 回年次大会で、Anne Davisは「協働は
信頼と尊敬に基づく関係」であり「協働するとは 1+1
≧2 になることである」と述べた。実習に係るすべて
の人がhappy だと感じられるために、個人としても
組織としても「協働」は欠かせない要素であることを
確認した。実習は確かに辛いことも多いし、難しいと
感じることも多い。しかし、諦めずに happy への道
を探して、できることから始めてみてはどうだろう
か。
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謝 辞
本稿をまとめるにあたり、ご助言くださいました小
西恵美子先生に感謝いたします。
助 成
本研究はどの機関からも研究助成を受けていない。
利益相反
本研究における利益相反は存在しない。
文 献
1. Anne D.実践・研究・教育の協働における倫
理:学問の発展とよりよい看護ケアのために.日
本看護倫理学会誌.2010;2
(1):50‒62.
2. 紅林伸幸.協働の同僚性としての≪チーム≫:学
校臨床社会学から.教育学研究.2014;74(2):
36‒50.
3. Vera VC.小児看護臨床パートナーシップ:教育
現場と臨床現場の協働モデル.インターナショナ
ルナーシングレビュー.2000;23(5):59‒63.

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